ある日突然、戦うのがスキになりました。銃や砲たちと、暮らすことにしました。
 

状況確認

 
 
周辺状況
 
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とうとう領土が一画面に収まらないようになった。
中央ヨーロッパは、ほぼ制圧したと言っていい。ぽつぽつ残っている国も大半が属国である。
若干残っている神聖ローマ帝国諸侯を片づけた後は、大国と戦わざるを得ないだろう。
中東方面は今後も継続してマムルーク領を切り取ってゆく。


 
国内状況
 
月の収入388.2D
BBR6.60
陸軍(LV18)騎兵20000、歩兵65000
海軍(LV17)ウォーガレオン30隻、輸送船7隻
 

豊かなドイツ領を中心に拡大したことで収入も順調に伸びている。
神聖ローマ帝国との戦いでは、イベントのために中核州化しないと奪えなかったが、
それは始めから高収入&反乱リスク無し、という事でもあったからだ。
陸軍はヨーロッパと中東で2正面作戦が行えるだけの数を揃えたので大幅に増えている。
海軍も大きく増えているが、これは全て正規軍で元海賊の傭兵は処分した。
やはり傭兵は維持費が割高であり、造船能力にも不足は無いので再編したのである。
まぁ、やっぱり出番は海賊退治だけなのだが(そして元海賊が増えてゆく…)

内政スライダは重商主義へと寄せた。
今頃気づいたのだが、HRPでの重商主義は税収、生産効率がUPし、商人の競争力が落ちる。逆に自由貿易は貿易効率、商人の競争力がUPする。
つまり作者のように商人無視プレイをする場合、重商主義はメリットだらけでデメリットは全くないのだ。

帝国掃討戦

まずは残りの帝国諸侯を掃除していく。

1609年
10月23日、ミュンスターに対して宣戦布告。ミュンスター vs 教皇領

1610年
10年20日、1州割譲+属国化でミュンスターと講和。戦争終結。

1612年
6月2日、メクレンブルグに対して宣戦布告。メクレンブルグ vs 教皇領

次の戦争に備えてブルゴーニュ領もいくらか奪っておくことにする。
11月10日、Naxosに対して宣戦布告。Naxos、ブルゴーニュ vs 教皇領

1613年
1月30日、メクレンブルグを併合。

1614年
9月11日、属国化でNaxosと単独講和。
9月25日、3州割譲でブルゴーニュと講和。戦争終結。

1616年
少し前にアラゴン領だったシチリア島が反乱の結果、シチリアとして独立していたのでサクっと頂く。
たぶんスパイによる反乱扇動工作を食らったのであろう。
プラス10%もされるとナショナルアイデアが無い限り、コア州でも反乱の可能性が少し出てしまう。
特に遠隔地だとAI国では保持が困難のようだ。
1月10日、シチリアに対して宣戦布告。シチリア、モレア、コルシカ vs 教皇領
弱小同盟なので他もまとめて処分でき、いい感じである。
10月26日、マムルークに対して宣戦布告。マムルーク vs 教皇領

1617年
8月5日、属国化でコルシカと単独講和。
12月26日、属国化でモレアと単独講和。

1618年
3月20日、3州割譲でマムルークと講和。アレキサンドリアを奪取した。
4月20日、1州割譲+属国化でシチリアと講和。戦争終結。
9月18日、Wurzburgに対して宣戦布告。Wurzburg vs 教皇領

1619年
7月11日、Wurzburgを属国化。戦争集結。
これによって神聖ローマ帝国諸侯は全て我々の属国となり、事実上帝国は潰えたといってよいだろう。

1620年
属国群に対して併合を持ちかけてみたところポーランドが応じた。
9月22日、ポーランドを外交併合。

白百合の主

1622年
いよいよフランスに挑む時が来た。
作戦は北部の旧ブルゴーニュ領の部隊50000がVlaanderenとパリを目指し、
ロンバルディアの部隊30000がアヴィニョンとの連結を狙う。
中央部は敢えてガラ空きにして包囲させることで敵部隊を拘束する。
すでに要塞LVは3になっており、少数の部隊なら包囲されても平気だからだ。
またアヴィニョンには15000の守備部隊を待機させてある。

ここで少し話が変わるが、↓のSSではベルグを包囲中である。
実はベルグはブルゴーニュから奪取したのだが、
その後、例の神聖ローマ帝国イベントが起きて返却してしまったのだ。

ブルゴーニュから奪った時は帝国領ではなかった(だから奪取したのだが)。
しかし神聖ローマ帝国皇帝であるコルシカを属国化して、関係を改善したため、
「ローマ帝国に加わる」イベントがベルグに対して発生。
あまり気にせずOKしたところ、帝国領になったので変換イベントが起きたという次第である。
で、作者がブチ切れて包囲中なのだ。
このような例もあるということでご注意くださいまし。

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8月23日、フランスに対して宣戦布告。フランス、キプロス vs 教皇領
宣戦布告してから気づいたのだが、フランスの州の大半が要塞LV3になっていた。
我々の部隊編成はLV2包囲用に5000単位なので急いで7000単位に組み直す。
これにより一度に包囲できる州が少なくなったのでパリは諦め、Vlaanderenを狙う。

フランス軍は意外と数が少ないようで、Vlaanderen包囲部隊には執拗に攻撃をかけてきたものの、
なんとか兵を集結させ撃退する。

1623年
1月6日、Palatinateを外交併合。
11月22日、2州割譲でフランスと同盟主講和。戦争終結。
あれれ、以外と簡単に終わってしまった。
単価の高い州が多いため、すぐに戦勝点が99%になるのが大きいかなー。
スパイ+包囲2持ちの将軍達、で包囲も早く終わるし。
とはいえ、単価が高いので2州づつしか奪えなさそうだ。気長に戦い続けるとしよう。

1625年
10月7日、Alexander VIが死去、Gregorius XIVが後を継ぐ。内政6外交8軍事3。

1626年
外交8ということもあり、再び属国達に併合を持ちかける。
4月27日、アテネを外交併合。
11月15日、アルザスを外交併合。

1627年
9月28日、フランスに対して宣戦布告。フランス、キプロス vs 教皇領
Palatinateとアルザスを併合したことで中央部でも広くフランスと接するようになり、
多くのフランス部隊を引き込めるようになった。
方針は前回と同じで南北から攻めていく。

1628年
10月24日、2州割譲でフランスと同盟主講和。戦争終結。
むむむ、1年そこそこで終わるな…マムルークの方が面倒だったかもしれん…
12月21日、ヘッセンを外交併合。

我らの海

1629年
7月3日、マムルークに対して宣戦布告。マムルーク vs 教皇領

1631年
4月16日、5州割譲でマムルークと講和。戦争終結。

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北アフリカの州を割譲させ、東地中海は我らの海となった。
こっちはフランスと違って領土が一気に増えていいなぁ。あんまり豊かじゃないけどさ。

1632年
10月7日、オーストリアを外交併合。
10月18日、フランスに対して宣戦布告。フランス、キプロス vs 教皇領

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南部を割譲させているのはアヴィニョンとの接続もあったけど、
北部国境付近は神聖ローマ帝国領になっているため。
フランスも防諜体制が整っており、中核州工作の成功率は高くないのでやりたくない。
そのうち中核州主張イベントが起こるかもしれないし。気長に気長に。

1633年
9月27日、2州割譲でフランスと同盟主講和。戦争終結。

1634年
2月18日、ポメラニアを外交併合。
5月10日、ボヘミアを外交併合。外交8ってすごいな…成功しまくり。

未だ見ぬ地へ

1636年
6つ目のナショナルアイデアとしてQuest for the New World(新大陸の征服)を取得。
マムルーク領に未発見地が多数あり、攻めにくかったからである。
10月23日、マムルークに対して宣戦布告。マムルーク vs 教皇領

1637年
11月11日、フランスに対して宣戦布告。フランス、キプロス vs 教皇領

1639年
1月4日、Gregorius XIVが死去、後任はInnocentius XI。内政5外交6軍事6。
5月14日、5州割譲でマムルークと講和。
8月25日、2州割譲でフランスと同盟主講和。戦争終結。

1640年
12月11日、Innocentius XIが死去……早いって。Innocentius XIIが後を継ぐ。内政8外交5軍事6。

1641年
アラビア半島東部のマムルーク領を攻めるため、間にあるAk KoyunluとNajdに侵攻する。
5月19日、Ak Koyunluに対して宣戦布告。Ak Koyunlu、Qara Koyunlu vs 教皇領
12月9日、2州割譲でQara Koyunluと単独講和。
12月12日、Ak Koyunluを併合。戦争終結。

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1644年
4月8日、Najdに対して宣戦布告。Najd vs 教皇領
5月14日、フランスに対して宣戦布告。フランス、キプロス vs 教皇領

1645年
5月22日、6州割譲でNajdと講和。次で併合の予定。
7月2日、2州割譲でフランスと同盟主講和。戦争終結。

1648年
8月13日、マムルークに対して宣戦布告。マムルーク vs 教皇領

1649年
4月8日、Najdに対して宣戦布告。Najd vs 教皇領

1650年
基本的にマムルーク戦は消化試合だが、残っているアフリカの州は熱帯エリアなので消耗が厳しい。
スパイを別の州に対して使ってしまったのでボロボロに消耗してしまったorz
次からは熱帯の州に集中投入することにしよう。
1月12日、4州割譲でマムルークと講和。もう攻めたくない熱帯エリアを中心に割譲させる。
1月18日、Najdを併合。戦争終結。

次回予告

アヴィニョンへの連絡路を手に入れてゴキゲンなInnocentius XII。
彼はフランスよりも遙かな東方の地へと布教の夢を馳せていた。
東へ。さらに東へ。
シルクロードを血で染めながら…

 

添付ファイル: filemap12.png 279件 [詳細] filemap13.png 267件 [詳細] filemap11.png 294件 [詳細] filemap15.png 333件 [詳細] filemap14.png 240件 [詳細]

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Last-modified: 2007-12-27 (木) 11:52:23 (4136d)