ハンザ同盟

hnz_map_wiki.jpg
1400年頃のハンザ同盟
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ハンザ同盟とはいったい何なのか

今更こんなことを書いてもこのゲームをしている方々には釈迦に説法だとは思うが、私自身の記憶の整理とこのゲームをより楽しむために、あえて頁を割こうと思う。詳しいことを知りたい方はWikiなり特集しているサイトを見るなり図書館へいくなりして専門家の研究をご覧いただくとして、ざっとまとめてみた。

ハンザ同盟Deutsche Hanse (Hansa)正確には「ドイツ・ハンザ」と言う。「ハンザ(Hanse,Hansa)」は本来「団体」の意味で、「旅商人の仲間(組合)」を指したが、のちには「ドイツ・ハンザ」を名乗る都市同盟を指すようになった。

ハンザ同盟は都市間交易の保護を目的として結成された緩やかな都市同盟で、中心地はリューベック。ハンザ同盟の中核を占める北ドイツの都市は神聖ローマ帝国の中で皇帝に直接忠誠を誓う帝国都市であり、相互に独立性と平等性を保つ緩やかな同盟だったが、経済的連合にとどまらず、時には政治的・軍事的連合として機能した。しかし同盟の中央機構は存在せず、同盟の決定に拘束力も弱かったので、政策においてはそれぞれの都市の利害が優先された。
ゲーム開始時1399年の前後、ハンザはデンマークと争っていた。最初の戦争はデンマークとケルンらを相手にデンマーク王ヴァルデマール4世を破りデンマークの南進を阻止し1370年には「シュトラルズントの和 」でデンマーク王の選挙にハンザの承認が必要になった。
2度目はポンメルンのエリックのズント海峡(エーレスント)通行税の問題。1435年にやはりデンマークが屈服、リューベックその他のハンザ主要都市にズント通過税を免除するという特権を認めさせた「フォルディングボルの和」をむすんでいる。 その後最盛期を迎えたハンザは大量のニシンをベルゲンで買い付けドイツの塩で塩漬けにしてヨーロッパ中に売りさばき大もうけ。最盛期は同盟加盟都市200を数え、ロンドンやノブゴロドにも商館が置かれた。

それがなぜ衰退したのか。

強力な意志決定機構を持たず、地理上の発見(大航海時代の到来)に伴う商業中心地が大西洋沿岸にシフトしイギリス、オランダがハンザ商人排除したこと。三十年戦争以後ドイツ諸領邦の成長、北方諸国の強大化による陸海からの圧迫などから衰退。北海のニシンが減ったことも一因とされているが、その故事を踏まえてマグロ漁を制限しようというのかね、EUは。ちなみにハンザは消滅したわけではない。1862年には徳川幕府に対しハンザ同盟から外交関係を求める接触があり、現在でも「自由ハンザ都市ハンブルク」などは都市そのものがドイツ連邦の一州である。また1980年に311年ぶりのハンザ会議が開催されたそうだ。

ではこのゲームのハンザはどうして行けばいいのか。

デンマークとの軋轢は避けられないだろうから、早めに憂いをなくす。エーレスンドの制海権さえあれば抑えることが可能だろう。そのうえで北欧とは友好関係を築いて、南の領邦国家に備える。
問題は自らが領邦国家へとシフトするかどうかであるが、それはプレイしながら追々考えていくほうが楽しそうなのでここでは書かないことにする。

「ハンザは商人の国だ!」と侮蔑を込めてそう言うのは、金とはどのようなものかを理解しておらず、それゆえに金を卑しいものと考えている人々です。しかし、あなたは違います。そのことを証明するのに良い頃合いでしょう。


添付ファイル: filehnz_map_wiki.jpg 329件 [詳細]

トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2010-05-15 (土) 16:35:26 (3351d)