属州がいっぱい00 前章 宰相の悪夢

前章という表題と悪夢というワードで大体ご察しのこととは思いますが、しばらくお付き合いください。
物語風という書き出しではありませんが、数に入れない00ですのでご容赦ください。

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マルセイユ市街
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 

プロヴァンス(la Provence)

私の場合、このゲームは使用国を選んだ時から歴史の勉強。知ってると知らないとでは楽しさが全く違うのです。以下に簡単に雰囲気がつかめるかなくらいを書いてみます。少々長いかも。

このゲームでは、プロヴァンス伯領の首府はフランスの地中海の玄関、フランス最大の海港マルセイユ。もとはマッサリアといい、ギリシア系フォカイア人が建設。名前の由来は「私たちの塩」だとか。現代のギリシア語(アラティ・マース)とは違うのかな。これがプロヴァンスと呼ばれる地域の始まりだそうだ。このあたりにはギリシア語に由来する都市も多く、このゲームにもあるお隣さんのニースも、もとはニカイアといったそうである。
ギリシャ人が来る前にはジェノヴァのプロヴィンス名と同じ名前のリグリア人という人々が住んでいたそうだ。ギリシア人が紀元前の「アバター」よろしくリグリア人の土地に勝手にやってきて現地の族長の娘と結婚したという。

少し時代は下りローマ帝国の属州をプロヴァンキアというのだそうだが、後に属州が次々に独立していく中、今プロヴァンスと言われている地域を含んだ南仏が最後までプロヴァンキアだったのでプロヴァンスといえばこの地域をさすようになったのだとか。
マルセイユに限って言えばローマの時代にはカエサルにつかずに負け組になった。同じギリシア系の植民市のアルルはカエサルについて勝ち組となり最盛期を迎えている。
ガリアはケルト系のドルイド教のお土地柄であったが、リグリア人とドルイドの合体で、このゲームでプロヴァンスの文化となっているオックが成立。しかし、ミラノ勅令のころにコンスタンティヌス帝がアルルで教会会議をしているから、4世紀にはキリスト教が浸透していたようである。
5世紀にはこの地は西ゴート、ついでフランクに征服された。フランクはもちろんフランス、同時期に移動してきたブルグントがブルゴーニュの元の名である。
フランク人の支配の下、プロヴァンスはカール大帝の孫ロタールに相続された。
ウマイア朝の侵入期にはトゥール~ポワトゥ間の戦いで敗れたサラセン人の残党がプロヴァンスを荒らしまくった。

9世紀にはフランク王の兄にしてブルゴーニュ公・アルル伯のボゾンがプロヴァンスの独立を宣言、プロヴァンスに王朝が成立。しかし、プロヴァンスはすぐにブルゴーニュに併合されてしまった。
11世紀のはじめごろブルゴーニュの下でプロヴァンスは神聖ローマ帝国に属することになった。このときローム川西岸はラングドックとして別れ帝国には所属していない。宗主国の都合で分断国家となったんだな。

12世紀には1112年プロヴァンス伯の継承者ドスとバルセロナ公のレイモン・ヴェランシェの婚姻。バルセロナとの同君連合だ。1160年にバルセロナ・プロヴァンス伯がアラゴン王として即位。
プロヴァンス伯・フォルカルキエ伯レーモン・ベレンゲール4世とベアトリス・ド・サヴォワの娘たちが、次々に各国の王妃となる。
長女マルグリットが1229年に聖王ルイ9世、1236年に次女エレアノールがイングランド王ヘンリー3世、1243年に三女サンチアがコーンウォール伯リチャード、1246年には四女ベアトリスがシチリア王シャルル・ダンジューに嫁ぎ、「プロヴァンスの4姉妹」と呼ばれたとものの本にある。そんなに力のある国には思えないから、よっぽど美女だったんだろうなぁと羨ましく思ったりする。
四女ベアトリスは前年没した父からプロバンス伯を継いでいたためプロバンスはカペー・アンジュー家の支配下(同君連合?)となった。これで飛び地ができたんだな・・・・。

以後フランス王の勢力下におかれるが、HttTになってプロヴァンスはフランスの属国ではなくなっている。
1226年 フランス王フィリップ2世が、異端を庇護したトゥールーズ伯とベジェ・カルカソンヌ伯の領地に侵攻(アルビジョワ十字軍)、領地を没収し、ローヌ河対岸のラングドックまで王権を広げた。
1309年、フランス王フィリップ4世美貌王が教皇クレメンス5世をアヴィニョンに動座(教皇のバビロン捕囚、~1377年)させた折、プロヴァンスはアヴィニヨンを教皇領用地として売却。教皇がローマにもどったあともアビニヨンには1417年まで別の教皇が立てられ、いわゆる大シスマ状態となった。このゲームでは再現されていないが・・・。

1348年~50年、黒死病(ペスト)大流行
1349年、ドーフィネ地方成立
1382年、カぺー・アンジュー家プロヴァンス伯ジャンヌが殺されると、 激しい相続争いが繰り広げられた。太陽がいっぱいなお土地柄なのだろう。
1388年 ニースを中心としたヴァール川以東のプロヴァンスが、先の家督争いに嫌気がさしたという理由で、地中海への野心を持つサヴォワ伯(このゲームではサボイと表示)の庇護下に。ニース失陥
なんやかやと大騒ぎの末、フランス王シャルル5世の甥のヴァロワ・アンジュー家のルイ2世がプロヴァンス領を引き継いだ。ルイ2世はナポリ王でもあったため、このゲームではナポリとの同君連合という処理になっている。
この王朝?は1482年のフランスへの併合まで続く。
プロヴァンス伯シャルル3世の遺言により、ルイ11世のフランス王国へ正式に併合。エクサンプロヴァンスに議会を持ち、フランス王に任命される非世襲の統治者を持つ一地方となった。

その後ペストが何度も流行したり、プロテスタントと宗教戦争したり、ノストラダムスが生まれたりと・・・・ちょっと調べただけでもフランス、ブルゴーニュ、アラゴン、シチリア、コーンウォール、サヴォアの王家と婚姻関係がある。
つまりあれだ、婚姻関係でがんじがらめで、宗教と相続争いでドロドロの陰謀と権謀術策が渦巻く、「太陽がいっぱい」なお土地柄で、次第に領地を削られて最終的にフランスに同化してしまった欧州によくある地域ということか。

さて、ドロドロ具合がわかって俄然楽しくなってきたところで、ゲームのプロヴァンスの話に戻ろう。

1399年10月14日の概況

このゲームが、プロヴァンスの首府をエクサンプロヴァンスではなくマルセイユにしているのは、「どうせフランスに支配される国だし、フランス革命の時の歌(現国歌)のタイトルだからマルセイユがあったほうがいいよね。」という処置だろうか?とかうがった考え方をせずに、良心的な解釈をすれば海に出ろということなのだろうか。スライダーも海軍に+4。そうなのかもしれない。そう考えよう。
HttTからはナポリ王家と人的同君連合を組んでいるが、この時期のナポリはヴァロア朝なので両国の当主はルイ2世ド・ヴァロワ。つまり、1382年からおきたプロヴァンスの家督争いをおさめたフランス王シャルル5世の甥で、アンジュー・ヴァロワというだけあって、アンジューとメーヌも領地である。
さて、ちょっと不安がある。ナポリが人的同君連合の上位構成国なのだが、人的同君連合→完全併合というシフトは起りうると思うが、それはプレイヤーの意思とは無関係なところなのだろうか。これは私の勉強不足だが、どうなってしまうのか、せっかく手塩にかけて育てた国がさくっとなくなってしまうのは不安だが、逆に楽しみでもある。

大意でプロヴァンスに含まれる、ランドック、ドーフィネ、アビニヨン、ニースを取り返すというのもプレイの方向性としてありだとは思うが、(ニースも十数年前にサヴォイにとられたのだから、ドーフィネが中核プロヴィンスならこっちも中核でいいと思うけど・・・)ナポリとの人的同君連合の縛りと、絶望的なフランスとの国力差、しかもフランス勢力圏にメーヌとアンジューを飛び地として(しかもフランスの中核プロヴィンス)持っている。これは下手な海外領地より絶望的だ。プロヴァンスの隣、11世紀にプロヴァンスから切り離されたラングドック伯領には初期配置で9000の軍勢がおり、ピエモンテにもサボイ軍2000がいる。スタートダッシュなんかさせない!と睨んでおられる。

さて、カナリ絶望的な状況であることが、わかっただけだったが、とりあえず、独立を保つのを目標にフランスの一地方になった史実の1482年を超えてみよう。

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1399年10月14日の外交マップより

ナポリ王支配下のプロヴァンス(1399~)

最初から雇うことができた宮廷の偉人はそう悪いものではなかった。

  • 知謀家、シャルル・ド・リベルタ  ☆☆☆統治技術投資+9.00
  • 太守、エンリック・ド・バルベ・・・☆☆☆☆☆☆生産効率+6.00
  • 准将、マルティ・ド・バルシリ・・・☆☆☆☆☆海軍の戦訓年間増加率+1.0

交易技術+の偉人がいたらより早い時期に新大陸へ探検にむかえるのだが、偉人はランダムだそうだからこの陣容なら文句は言うべきではない。
ただし俸給が高すぎる。3人で月々1.4ダカットもかかってしまう。これは我が国の月収4.0に対してエンゲル係数が高すぎる気がするが、雇ってしまったのでこのまま終身雇用である。

財政のスライダーをインフレ関係なしに国庫の収支を0.0に合わせ、交易技術に2.0までもっていく。
統治技術4で国策が一つ使えるようになるのだが、予算を回さずに智謀家のシャルル・ド・リベルタに給料分働かせる。
外交をしたいところだが、人的同君連合の下位構成国なので、フランスに対して軍の通行を許可しますよと打診。
国庫はなにもしないうちから残金7なので、リグーリアに商人を2名派遣。これで残金1とりあえず来年までは何もしようが無い。

何時間振りだろうか、日付が10月15日になった。早速神の思し召しがとどいた。「ドーフィネのオックの人々を救済」・・・無茶言うなぁ。神様、ドーフィネの人々はオック語を使わなくなって久しいです。もうほっておいてあげましょう。

フランスに通行許可は必要ないと言われドキドキの年末。ブルゴーニュに通行許可を出し、ジワリジワリと接近してみる。金が無いから特権を与えて行くしかない。

12月下旬に入ると、画面上のほうに炎のアイコンが見えた。さてはナポリが!ワラキアとイピロスを相手に我が国は戦争をしていた。おいいいいいい。
ナポリ軍はすでにジャニナへ上陸、現地で攻囲戦をしている。出遅れた感があるがコグを分離したガレー三隻を派遣してみよう。

1400年6月20日、メーヌ再征服を掲げてフランスが宣戦してきた。スコットランド、アルマニャック、オーヴェルニュ、ブールボネ、フォワ、オルレアン、ベリー・・・って、あらーこりゃだめかな。三十六計逃げるにってんで、プロヴァンス守備隊は1戦もせずに海上に逃避。

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プロヴァンス戦術である。

サラセン人の来寇以来、オック人は逃げるのが得意なのだ。
9月にナポリがイピロスと講和したので、ナポリの御屋形様がこちらに軍を回してくれるかもしれない。
11月にアンジュー、12月に入ってプロヴァンスが陥落。ナポリ王は全く援軍を送ってくれる気配もない。とにもかくにも、こちらから和平交渉ができないので戦争を終わらせられないのだ。何も出来ぬまま、15世紀を迎えた。

1401年12月、ようやくワラキアとの戦をおさめたナポリ王が本拠地をスコットランドに襲われていたのをなんとか撃退し同地を回復。ライン川を越えて神聖ローマ皇帝ボヘミア王ヴァーツラフ4世が到着。ベリーでフランス王シャルル6世(うちの御屋形様の又従兄)と対決している。
とりあえずその隙にプロヴァンスを奪還しておこうかと兵をすすめたが、攻囲75%のときにフランス軍に襲われ、地形効果―4も全く関係なしのフランス軍によってサボイへ押し返されてしまった。

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プロヴァンス戦術である。

領地は全部占領されていても、イングランドが戦費の援助をしてくれているので一財産できている。このまま戦争が続けばいいのに。(笑)とりあえず戦訓も5.00あるから将軍を雇った。人的同君連合の下位構成国は君主を将軍にできないのである。
1402年5月の「リヨン湾海戦」ではフランスに一矢報いた。といってもコグ1隻をガレー3隻コグ2隻で襲いかかったので勝って当たり前の海戦だった。

8月、意外に良い条件で講和となった。とはいってもいよいよ風前のともしびという感じである。毎回一つづつプロヴィンスを奪われることで済むならあと2回、ナポリの御屋形様がこっちの領地を二つとも差し出してしまうなら次の戦争でこのAARは終わりである。
新しい君主はラディズラーオ1世デュラッツォ。アンジュー=ヴァロワ朝が終わり王朝が変わっても人的同君連合はそのままである。これは考えないといけないな・・・

なんにしろあと5年はフランスの脅威が無いはずなので、今のうちに再軍備である。本当は常備軍の維持費も技術投資に回してしまいたいのだが、戦力が無すぎるとフランスだけでなくほかの国を呼び込むことになる。もっとも4000の軍勢なんて、あってもなくても同じか。どうせ襲ってくるのだろうけど。(涙)

1408年8月、休戦協定が明けたのにフランスがなんもしてこないぞと思ったら、イングランドとポルトガルを相手に戦争をしていた。百年戦争ってやつね。いいぞ、そのまま続けてくれ。
と思っていたら、ナポリの御屋形様がこんどはビザンティンに宣戦。いつも何の断りもない。
正直めんどくせーなーである。
11月、統治技術が4になり、国策を選択できるようになった。
国策はとりあえず即金ということで官僚制度を選択。交易技術が7になったら国策を変更して大冒険の旅に出る予定だ。
ふと政策スライダーを見てみた。さきほど一度いじったのだが、しかしこれは結構革新的な国のようである。地方分権+1は国土が分断しているからであろうか。貴族中心主義に-3しているのは封建君主制の国の中ではまあまあ普通か。農奴制に-2、革新主義に-1、自由貿易に+3、攻撃主義に-3、海軍主義に+4、質重視に-1。宣教師と密偵がずっとゼロのままなわけだ。新大陸に行って改宗を行えなそうだけど、欧州を捨てる資質はじつはたっぷりなのかもしれない。

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1408年のスライダ

1410年3月、破門。革新ってのが教皇にばれたのかと思ったら、ナポリが破門されたんだ。ひどいな、一蓮托生か。これで同盟破棄をして宣戦ってのもありなのかな。人的同君連合のクビキはどうやったら外せるのだろうか。勉強不足だ。

人的同君連合の下位構成国は初めてのプレイだし、新大陸へ探検というのも初めてである。なにしろ、グルジアとハンザ(~ドイツ)は海軍なんかいらねーって感じのプレイだったので、予算すら振っていなかったと思う。

1411年4月、エリック・ド・バルベラン准将が亡くなったので、ルカ・ド・ブルネという☆☆の財務官を登用した。彼は文化的伝統を使って登用した偉人である。

それにしても王朝の正当性が1だの2だのなんだが、ナポリの御屋形様大丈夫かな。
また戦争ですか、御屋形様。どうせまた負けるんだからもうやめようよ。ほらいわんこっちゃない。

1420年、御屋形様の懲罰を理由にフランスに宣戦された。もう耐えられない。なんとかしてくれ。普通の属国なら戦いを挑むところだが、人的同君連合はどう関係を終わらせるんだ?これはストレスだ。っと匙を投げかけたその時、唐突にこんな画面が。

さては御屋形様の馬鹿野郎が全部割譲しやがったな!

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皆様、ご拝読ありがとうございました。

というのもアレですから・・・・・

シャルル・ド・リベルタの悪夢

シャルル・ド・リベルタはプロヴァンス伯領の宰相とでもいうべき立場の人物だった。プロヴァンス伯領はナポリと同君連合体制にあり、本来なら国王の血縁の者が封じられてしかるべきはずだったが、ここプロヴァンスは領主不在であった。度重なるナポリ王の外征、しかもそのことごとくが失敗に終わる中、その悪評は同君連合のプロヴァンスにも暗い影をもたらした。1420年6月、フランス王がナポリ王の破門を理由に宣戦してきたのだ。プロヴァンスには全く非が無いにもかかわらず、前の戦争では劣勢に立たされたナポリ王がメーヌを割譲してフランス王に和を乞うた。今回また劣勢となったら、ナポリ王が差し出すのはアンジューだろうか、それともこのプロヴァンスだろうか。おりしも国境を越えたフランス王の軍と、ニコラス・ド・カスタン卿率いるプロヴァンス自警軍がマルセイユ郊外で戦闘に入ったという。シャルル・ド・リベルタはふと何か音が聞こえたように思えた。ここエクサンプロヴァンスの館には剣戟の音は聞こえるはずはない。突然彼の視界に暗闇が飛び込んできた。光を奪われた彼の眼には真っ暗ななかになにやら文章が書いてある板のようなものが見えてきた。そこにある文字は見たこともない形をしていたが、彼にはそれを読むことができた。

6月の戦いでプロヴァンスは敗れ、マルセイユをはじめプロヴァンス伯領はことごとくフランス王に占領される。そして、ナポリ王はプロヴァンスとアンジューをフランス王に差し出して和を乞うであろう。

シャルル・ド・リベルタはプロヴァンス伯領の宰相とでもいうべき立場の人物だった。プロヴァンス伯領はナポリと同君連合体制にあり、本来なら国王の血縁の者が封じられてしかるべきはずだったが、ここプロヴァンスは領主不在であった。度重なるナポリ王の外征、しかもそのことごとくが失敗に終わる中、その悪評は同君連合のプロヴァンスにも暗い影をもたらしかねなかった。
シャルル・ド・リベルタはキリスト生誕1399回目の新年を自邸の寝室で迎えた。しかし気分は最悪だった。新年早々いやな夢を見た。傍らの妻が夫がなにやら思いつめたような顔をしているのに気付き声をかけようとした。シャルル・ド・リベルタはそれに気づき、声をかけられるより前に「Bonne année, mon épouse」と声をかけ微笑した。妻もそれに応えると少し不思議そうに微笑した。
気配に気がついたものか、ドアのほうから家人がドアをノックした音が聞こえた。


要するにリロードである(笑)ノストラダムスの生誕の地であるということで一回だけ(たぶん)ご容赦いただきたい。
何をどうしようというのかというと、1399年10月14日にもどってやり直したい。
ナポリとの同盟破棄だ。同君連合ク☆食らえだ!そもそもナポリ王が悪い!

試しにナポリとの同盟破棄をしたら、イベント「文化的な違い」が発生。関係が-25となった。
それでナポリへの宣戦布告も可能になった。かの国に宣戦するのに理由には事欠かない。破門でも懲罰でもなんでもござれだ。これで宣戦したら同君連合は解体になるのだろうか?
答えは歴史の先にある。

 

à suivre


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Last-modified: 2010-06-03 (木) 01:47:35 (3247d)