「まず蹂躙するんだ。話はその後でいい」

状況確認

八面六臂の奮闘で我がフランスの凶暴さが全ヨーロッパに知れ渡り、宣戦布告がだいぶ減ってきた。ここで今後の敵と予定を考えてみよう。
サヴォイ:引きこもり中。
スカンディナヴィア連合、デンマーク:海を渡ることができるようになったら戦ってもよいが、戦力を割くことになるので後回しでもよい。
ブランデンブルク:後1プロヴィンス。
メクレンブルク:後3プロヴィンス。一つずつ削ってゆこう。
イベリア半島:なぜかアラゴンが宣戦布告してこない。深入りせず、戦争においては防衛を基本とする。
ポーランド:実は意外と弱い。リトアニア深部に領土があるので、併合は先のことになりそう。焦らず削ってゆく。
ヴェネチア:海外領が無いようなので、戦うのは楽だろう。
オーストリア:研究が進んでいるが、相手にするのはこれも楽そう。3回で潰せる。ていうか金鉱寄越せ。
ジェノヴァ:クリミアに領土があり、当分削れない。
トスカーナ:プロテスタント国家であり、積極的に攻撃する。
ボヘミア:中欧では一番強い。シチリア、リトアニアと同盟を結んでおり、リトアニアの鬼動員が怖いところ。しかもこの国はいつのまにかプロテスタント国家になっている。よってボヘミアを最優先の攻撃目標とする。
イギリス方面:放置…

ボヘミアを倒せばいよいよオスマン、そしてリトアニア戦が始まるわけだが、両国の陸軍技術はかなり遅れている。よって、国教改宗で安定度が下がり回復に時間がかかっても研究面での遅れは心配する必要はない。ということで、ボヘミア&トスカーナ撃破の後にプロテスタントに改宗することとする。

欧州の陸軍は現在12個師団体制で、今のところあまり増やす必要はなさそうだ。一方、新大陸では大軍拡が必要になるかもしれない。幸い、北米ではまだお嬢&ポルトガルとは国境を接していない。とはいえ、これも時間の問題だろう。

第1次ボヘミア戦争

1570年
BBWでない戦争というのはなかなか新鮮だ。
8個師団で攻撃を開始。敵は1万超えの部隊が3つあり、まともに衝突しないようにする。南部のプロヴィンスがガラ空きなので、例の「1つ取ってる間に3つ取る」でサクっと講和を目指す。


1571年
3州割譲でボヘミアと講和。イタリアと本土が連結。リトアニアとは白紙講和。
ボヘミア強い。15000の兵で包囲0%からいきなり強襲で落とす。反則である。

休戦明けてすぐ、トスカーナに宣戦布告。プロテスタントは抹殺されねばならぬ。
フェラーラを併合。


1572年
イングランドとアラゴン&オーストリアから宣戦布告。うーむ、油断していた。アラゴンでは防衛に徹し、オーストリア領をかっぱぐことにする。
全土占領し2州割譲でトスカーナと講和。兵をアラゴン戦にまわす。
教皇領へのローマ割譲イベント。領土をやったのに、これで叛旗を翻してくるから憎たらしい。応じなかったら安定度-1だし…


1573年
3州割譲でオーストリアと講和。アラゴンとも白紙講和。第1次ボヘミア戦争終結。
BBR 140.15


1574年
同盟の組み換えがあったようで、ボヘミアがオーストリアと同盟していた。少し駒が足りないと考え、1個師団を増設。

第2次ボヘミア戦争

1575年
ボヘミア&リトアニア&オーストリア&シチリア連合へ宣戦布告。強敵である。
そこへあろうことかサヴォイが宣戦布告。うーむ、想定の範囲外です。兵力的にはギリギリ…というか少し足りないので急遽1個師団を増設。


1576年
3州割譲でボヘミアと講和。2州割譲でシチリアと講和。そして予定外のことだが、国境を接するとすぐにオスマンから宣戦布告。局地戦にとどめたいが…
1州割譲でサヴォイと講和。
デンマーク&アンハルトから宣戦布告。デンマークは初めてかもしれない。


1577年
オスマンが強い。12000の敵に、10000の師団を3回ぶつけってやっと敗走させることができた。ジューコフになった気分である。かなりの死者を出して白紙講和。ううむ、オスマンを本格的に相手にしようと思ったらさらに数個師団が必要だな。
5つ目のNational IdeaとしてBattlefield Commissions(年間陸軍伝統+1%)を選択。
ジェノバ&シチリア&サヴォイが宣戦布告。忙しい。
1州割譲でオーストリアと講和。2州割譲でリトアニアと講和。よし、これで中欧のリトアニアの飛び地がなくなった。脅威も少し減ずるだろう。
ピエデモンテを占領して、はいはいサヴォイ併合…と思ったら戦勝点が100%にほど遠い。あれぇ?海外領あるの?と探したらブラジルに少し持っていてブチギレ。インカ南部からはるばる騎兵部隊をまわすことにする。


1578年
やっと寺院をあらかた建て終わった。Constableの建設再開。
アンハルトを併合。ブラジルの開発中植民地3州を割譲させてサヴォイと講和。ついでに付近のデンマーク領を接収することにする。
シチリアを併合。全ブラジル領を割譲させてデンマークと講和。デンマークにとっては悪夢のようなできごとだっただろう。


1579年
ジェノバと白紙講和。第2次ボヘミア戦争終結。
BBR 166.27

ss10.png
あいかわらずボヘミアが邪魔。

第3次ボヘミア戦争

1581年
ボヘミアがカトリックに戻っていたorz
ボヘミアに直接宣戦布告できないので、同盟国でプロテスタントのポーランドに宣戦布告することにする。ヴェネチア戦、オーストリア戦に投入する予定だった6個師団が余ることになるので、余裕があるはず。


1582年
内政スライダを調整したら、安定度が+1から+2まで戻るのに10年かかるとの表示。なんじゃそりゃ…。しょうがないので今後安定度は+1を維持し、イベントで回復しない限り内政スライダは触らないことにする。
4州割譲でボヘミアと講和。

プロテスタントへ改宗

さて、残るプロテスタント国家はトスカーナだけになった。安定度は+1、ギリギリである。やるなら今しかない。
というわけで、国教をカトリックからプロテスタントに改宗。さよなら教皇後見人。
安定度はめでたく-3になり…なんと-2まで回復するのに8年もかかる。orz orz orz
 -3じゃ宣戦布告もできないしなぁ。おとなしく内政しとくか。…と思いきや、なんと年頭収入が260ダカットにまで減少し、陸軍維持費だけで大赤字である。これでは施設建設もままならないし、インフレ覚悟で月収入を国庫に入れねばならぬだろう(そして安定度回復がさらに遅れる)。改宗は高くついている。


1584年
絶賛反乱祭り中。このペースが後6年は続くわけで、早くも後悔し始めた。
サヴォイが単独で宣戦布告。


1585年
サヴォイ併合。


1586年
単純な話だが、確率がそのままで領土が倍になれば反乱数も倍になる。しかし操作する人間の数は変わらない。新大陸の経営を誰かに一任したい気分である。

第4次ボヘミア戦争

1588年
ブランデンブルクが宣戦布告。
ボヘミア&オーストリア&ヴェネチアからも宣戦布告。


1589年
ブランデンブルクを併合。
3州割譲でヴェネチアと講和。
ボヘミア戦は意外な結末を迎えた。アイルランドのボヘミア領で反乱が起き、フランスに領土の大半を占領されて政府崩壊が発生。首都以外を残し本土の領土を全てフランスに割譲し、アイルランドではミュンスター、ラインスターが独立した。


1591年
1州割譲でオーストリアと講和。第4次ボヘミア戦争終結。
BBR 184.86

ss11.png
強そうに見えて実は瀕死です。

ボヘミア後1プロヴィンス~♪と思っていたらトスカーナとポーランドを併合して4州にまで回復している。おのれ。リトアニアの向こうに飛び地ができてしまったので、併合はさらに先のことになりそうである。

ようやく安定度が-2に回復。-1になるには後9年orz

第2次雄牛戦争

しかしながら、イニシアティブは再びフランスに戻った。残るカトリック国(といってもだいぶ減ったんだけど)に対し、好きに宣戦布告できるのである。切り取りやすい国は、と探すとブラジルに植民地を持ちオーストリアと同盟しているメクレンブルクがあった。第2次雄牛戦争の始まりである。


1592年
赤字。最大での陸軍維持費が月に約37ダカット、年頭収入が約360ダカット。しょうがないので維持費を最初にして凌ぐ。戦争はやはりできない。戦争を終えて維持費を最低にすると、年160ダカットは浮くことがわかった。Constableを年2件建てることにする。うう、貧乏は久しぶりだ。
オーストリアを併合。首都以外の全てのプロヴィンスの割譲でメクレンブルクと講和。カリブ海でメクレンブルク海軍につかまり、輸送船団が全滅。油断した…。BBR 198.46

第9次BBW

1594年
ポルトガルがメキシコ中に1000の部隊を散りばめてきて非情にうっとおしい。追いかけっこのすえ白紙講和。


1596年
Nicolas III Henri 7/4/8

第1次バルカン戦争

1598年
オスマンから宣戦布告。反乱対策のためヨーロッパ中に部隊が散らばっており、これを集めて対処せねばならぬ。


1599年
Henri III 5/6/4


1600年
1州割譲で第1次バルカン戦争終結。オスマン強い。量、質ともに申し分ない。というかこのペースでは間に合わない、急がないと。
やっと安定度が-1になるが、0になるのにさらに10年かかる。ナンダコレハ。

第3次雄牛戦争

1601年
オーバーな名前だが、要するにメクレンブルク併合。…するつもりが、首都リューベックを占領して戦勝点100%になっても併合できない。スウェーデンと戦争中で、これが何かに引っかかっているようである。やむをえず講和するとスウェーデンとの戦争も終わった。次もう一度試してみよう。


1603年
ボヘミアに戦争しかけようとしたら、またプロテスタントに戻っていた。安定度は+3のままなので、AIは国教改宗に安定度打撃が無いらしい。

第2次バルカン戦争。

オスマンまたもや来る。休戦まだ明けてないんですけど。

1608年
激戦の末、2州割譲でオスマンと講和。これまででもっとも激しい戦闘だった。

ss12.png
血液吸収スポンジと化したバルカン半島。

第4次雄牛戦争

メクレンブルクから宣戦布告。蛮勇である。
続いてジェノバ&ボヘミアから宣戦布告。


1609年
やはりメクレンブルクは併合できない。何がおかしいのだろうか(後で確認したが、メクレンブルクは存在しないポンメルンと同盟を維持していた。セーブデータを書き換えれば解消するだろうが、面倒なので放置することにした)

ようやく安定度が0に。0を維持することにする。
Philippe VII 4/3/4


1611年
2州割譲でボヘミアと講和。
年頭収入が約800ダカットまで回復。

第3次バルカン戦争

1613年
オスマンが国境沿いのプロヴィンスに8000ずつしか兵を置いていない。チャンスだ。


1614年
ヴェネチアが宣戦布告。


1615年
2州割譲でオスマンと講和。
クレタのリリースでヴェネチアと講和。


1616年
対オスマン戦を考えて2個師団を増設。


1617年
やっと欧州にConstableを建て終わった。収入はイングランドの海上封鎖が無ければ約870ダカット。Custom Houseを続けて建ててゆく。

第4次バルカン戦争

1619年
休戦明けてすぐ、オスマンに宣戦布告。今回も国境沿いに7000ずつしか兵を配置しておらず、バルカン半島の全土占領を目指す。


1620年
ついでにヴェネチアにも宣戦布告。
Francois II 4/8/7


1621年
ヴェネチアを占領しても戦勝点が100%にならない。どこかに海外領があるようだ。


1622年
5州割譲でオスマンと講和。望みうる最大の戦果である。
BBR 206.74
ついに目標まで100を切った。

ss13.png
削っても削っても減らないバルカン。



1623年
さらに2個師団を増設。次でいっきに押し切らねば。


1624年
6個目のNational IdeaとしてSmithian Economicsを選択。研究が予定より遅れているので、これでなんとか挽回してほしいところ。


1626年
Gustavian Infantryを発明。これでオスマンに一世代差はつけたはずだ。

第5次バルカン戦争

1627年
今度は国境沿いに12000の兵を貯めている。序盤は激戦になった。12000に10000をぶつけたところ、各所で7000近くの損害を出して敗走するという大失態。あわてて予備部隊を投入し、戦線の安定化をはかる。

激戦のさなか、神イベント発生。
惜しむらくは改宗時に起きてほしかったが贅沢は言うまい。

ss14.png
本当にありがとう。しかしあなたは誰?



1629年
4州割譲(戦勝点98%分)でオスマンと講和。序盤に負けはしたものの、技術の差は想像以上に効果が大きく数万のトルコ兵を野戦で殲滅。次は楽になるかもしれない。

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思ったより伸びなかったというのが正直なところ。

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Last-modified: 2007-12-27 (木) 11:52:23