状況確認

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時は百年戦争末期、依然としてイングランドと交戦中だが、フランス軍がイングランド軍をガスコーニュに追いつめている状況。
まずはイングランドと決着とつけるとしよう。

が、その前にスライダチェックやアドバイザーの変更を済ませてしまおう。
現状、安定度が低いので顧問は陸軍技術の人(LV2)と芸術家(LV4)×2とし、
安定度の早期回復を目指す。収入も安定度に全部つっこむ。

内政スライダは作者的には質重視、攻勢主義が好みなのだが、
HRPではスライダ1段階毎に、部隊コストが7%(質重視)、10%(攻勢主義)、と酷い上がり方をする。
今の段階でコストUPは厳しいので、コストを下げるためにも、まずは陸軍主義へ振る。
というのも、HRPでは軍の維持費、ユニットの作成費が非常に高くなっているからである。
1453年のフランスの場合、
Vanilla:騎兵17.6D、歩兵7.4D、維持費5D
HRP:騎兵47D、歩兵8.2D、維持費15.4D
という具合である(維持費は100%時)。
この維持費では年末までに国庫が空になるほどだ。
また、騎兵が貴重になっているため、多く作ることができない。火消し、あるいは決勝兵力としてピンポイントで投入する感じになると思う。

百年戦争の終結

こちらの主力はガスコーニュのイングランド軍の2倍なので、遠慮無く叩き付ける。
また、ブルゴーニュから通行許可をもらい、首都の部隊をカレーへ向かわせる。

1453年6月5日、いきなりCharles VIIが崩御。Louis XIが即位する。
内政4、外交7、軍事8のなかなか優秀な方。将軍としても活躍してもらう。
イングランド軍は追い掛けている内にブルターニュ領に突っ込んでいったので、
見て見ぬフリをすることに決定。がんばれ!ブルターニュ! 一応、やつら数は半減してるしナントカなるよ(たぶん)。
ブリテン島上陸へ向けて、軍を集結させていたら将軍が一人お亡くなりに。包囲3の持ち主だっただけに痛い。
南仏の艦隊をノルマンディに回して、ブリテン島へ上陸開始。
ブリテン島には、ほとんど部隊がいないため順調に占領を進めていく。

と、ここで安定度の回復が予想以上に早いことに気づく。
HRPでは芸術家の能力が強化されているのも大きい。LV4が二人だと毎月56も安定度に投資されるのだ!

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素敵な芸術家コンビ。陸軍の人の能力テキスト(HRPで陸軍伝統UPの効果等が増えている)が激しく見づらいのが気になりますね…

さらに最初からナショナルアイデアを1つ持っていることにも気づく。
フランスのはNational Conscripts(国内徴兵)だが、これはどう考えてもイラナイ。
やるか……やるなら今しかない……
というわけで、Battlefield Commissions(戦場任務)に変更。Vanillaでは年間陸軍伝統+1.0%だが、
HRPでは驚きの+3.0%になっているのであります。

しかし、この変更により安定度は-3に逆戻り。

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占領地の反乱発生率が7%にまで上昇(´・ω・)-3
この後、オックスフォードで反乱が起きたものの、騎兵部隊が駐留していたため即鎮圧。
イングランド側でも反乱が起きていますな。

要塞LV2だけあってロンドンがなかなか落ちなかったが、
1455年3月20日 ロンドン陥落。属国化+賠償金75ダカットで講和。
この時点で戦争疲弊は4.6にまで上昇していました(最初からある程度戦争疲弊高いんだけどね)。
ともかく、百年戦争はフランスの大勝利で幕を閉じたのでありました。めでたしめでたし。

ブルターニュ戦役

戦争疲弊が高いのが気になるが、BBRを0のままにしておくのはもったいない、
という極めてゲーム的な理由により、1455年10月9日、ブルターニュに宣戦布告する。
ブルターニュは全土がフランスの中核州なので安定度低下は1のみ。
また、ブルターニュの同盟国であるナバラ、ミュンスターとも交戦状態に。

ブルターニュ軍は総勢6000。3万を超えるフランス軍の敵ではなく、あっさりと蹴散らす。
しかし、包囲を進めていたところ、Louis XIが突然病没してしまう。
御世継は幼少のため、暫定的に摂政会議によってフランスは統治されることとなる。
ちなみに摂政会議殿の能力値は、内政4、外交3、軍事3。
どうみても無能です、本当にありg(ry

と、がっかりしたところで周囲を見渡してみるとイングランドがヤバイことになってた。

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おいおいおい…

あんまりボロボロになられても宗主国的に困るので、暇になっていた騎兵部隊を反乱鎮圧のために派遣する。
ブルターニュ戦争の方は、順次属国化して終結。
1457年8月30日 ナバラ、属国化+賠償金50ダカットで講和。
1457年10月14日 ミュンスター、属国化+賠償金50ダカットで講和。
1457年10月15日 ブルターニュ、首都以外全割譲、賠償金50ダカットで講和。
ブルターニュは停戦期限が切れたところで再び攻め込み属国化の予定。

が、戦争が終わって間もない12月6日。イングランドから救援の要請が届く。
反乱を起こしていたウェールズ地方が独立を宣言したのである。

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あー、恐れていたことが(´;ω;`)

まぁ、兵は全くいないので、さっさと属国化してしまう。1458年11月19日 ウェールズ、属国化+賠償金50ダカットで講和。
戦争が1年長引いたため、戦争疲弊は5.4にまで上昇…
また、この年の終わり、12月20日にCharles VIIIが正式に即位。内政7、外交5、軍事8、まずまずの能力値。
欲を言えばBBR対策として、他の能力より外交が高い方が助かるのですが。

イベリア戦役 ~対アラゴン・カスティーリャ同盟~

1459年10月21日。グラナダ、死亡確認。

さて、次の攻め込み先だが、開戦理由がある相手となるとブルゴーニュ、アラゴンとなる。
今回は先にイベリア半島を片付けてから東へと向かうことにした。
というわけで、アラゴンを狙っていくが、アラゴンはカスティーリャ・シシリーと同盟を組んでおり、手応えのある相手になりそうである。
シシリーは当面放置するとしても、島を多数保有しているアラゴンとやり合う場合、それなりの海軍も必要になるだろう。
少しづつ海軍も増やしていくことにする。陸軍は既に維持費がヤバイので現状維持(騎兵5000、歩兵28000)。

戦争疲弊が減るのを待っていたところ、アラゴン・カスティーリャ同盟がクリミアと戦争を始めた。
また遠い国と戦争するなぁ、と見ていたらクリミアにカスティーリャの占領地ができた。
どの程度の兵を差し向けているのか分からないが、好機とみて1460年3月17日、アラゴンに宣戦布告する。
属国のナバラから南下してアラゴン・バレンシアを抑え、カスティーリャとの間に壁を作り、
その後ろでアラゴン領を占領していく。アラゴン軍は3000ほどしかおらず、包囲は順調に進む。
カスティーリャ領もガラ空きのようだ…

1461年7月31日。アラゴン・バレンシアを割譲+賠償金75ダカットという条件でアラゴンと単独講和。
続いて全軍をカスティーリャに向ける。その矢先、8月16日、Charles VIIIが崩御。短命だったな…
代わってHenri IIが即位。内政3、外交7、軍事3。外交が高いので十分OKであります。
カスティーリャ軍も徐々に数が増えてきて、包囲を解かれる場面もあったが、
1462年6月16日、トレド・マドリードを割譲+賠償金50ダカットで講和。戦争終結。

戦争には無事勝利にしたものの、問題は割譲地の反乱発生率である。現在、約10%
なぜこんなに高いかというと、内訳は↓の通り。

-5:宗教寛容度(カトリックなので最大)
-1:安定度 +1
+2:Land Province(HRPで追加。全てに付くので事実上の2%底上げ)
+3:異文化
+6:ナショナリズム(Vanillaでは+3)
+5:戦争疲弊
=10%

2%の底上げとナショナリズムでの増加量が2倍になっているため、
戦争疲弊が0で安定度+3でも3%は残ってしまうのだ。

さすがにこれはマズイので、安定度の回復と戦争疲弊が減るのを待つ。
その間にキャラック船3隻を建造。フランス第1艦隊はキャラック4隻、ガレー2隻、輸送船5隻となった。

1466年6月18日、「優秀な大臣」のイベント発生、安定度+1、威信+2。安定度が+3に戻る。
戦争疲弊が回復してきたので、11月2日、アラゴンに再び宣戦布告する。
カスティーリャも参戦。シシリーはいつの間にか同盟を脱退していた。
アラゴン領は無人のようなので、一部の部隊に包囲を任せ、主力をカスティーリャに向かわせる。
カスティーリャ軍は首都に主力が4000、アンダルシアに1000と少な目で、主力を北部に追い払った後、6州を同時に包囲する。
その間にアラゴンが島から兵を戻してきたらしく、騎兵1000歩兵2000が上陸。
トレドが包囲される。1000でも騎兵は強いなぁ……
でもHRPではLV1あたり守備兵が2000いるので、1000だと包囲しても意味無かったりする。

カスティーリャ軍が北部に引き籠もったまま動かないので、騎兵部隊でアラゴン軍を掃討すると共に、
シチリア島へも部隊を派遣する。イベリア半島のアラゴン領だけでは全部占領しても戦果99%までいかないためである。
部隊輸送中に2度アラゴン艦隊と遭遇。それぞれ2隻、3隻の艦隊だったため、沈没艦なしで撃破。
イングランド戦では海戦が起きなかったので、これがフランス艦隊の初陣&初勝利となった。

あとは時間の問題で、1468年9月23日、3州割譲+賠償金50ダカットでアラゴンと単独講和。
1469年2月18日、カスティーリャ全領を占領。植民地はまだ持ってなかったようだ。
全領占領なので強気の条件を出し、4州割譲で講和。戦争終結。

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現在の領土。次はもう消化試合だろうが、反乱発生率が悩みの種である。
特にカスティーリャ南部はスンニ派なので、異宗教のペナルティまで付くのだ。
中核州主張のイベントが起きてくれると助かるんだがなぁ…

その後、しばらく平和が続く。
アラゴン、カスティーリャとも開戦理由が無いため宣戦布告したくなかったからだ。
BBRが多少高めになってきたというのもある。BBRが減るのを待ちつつ、中核州主張イベントに期待する。
1478年10月13日、Henri II崩御。Francois Iが即位。
内政3、外交5、軍事3。一回りパワーダウンしてしまった…
この期間に、ほとんど建設が進んでいなかったWorkshopを年2個のペースで作っていく。
HRPではWorkshopの効果が税収+3にUPしている。

待てど暮らせど中核州主張イベントは起きず、BBRも0近くになったため、
1479年8月2日、開戦理由は無いがカスティーリャに宣戦布告する。安定度は+3だし、なんとかなるだろう。
しかし、アラゴン領の島々を占領すべく出航した第1艦隊が15隻からなるアラゴン艦隊に遭遇。
泣きながら逃げ帰る……ガレー船2隻損失(´;ω;`)
この戦争でアラゴン属国化の予定だったのだが、もう港から出られないので、どうにもならない。トホホ…
カスティーリャの方は4000ほど兵が居たが、問題なく蹴散らす。

1480年9月18日、スタート時からの属国であるAuvergneの併合イベント発生。BBRの上昇無しで併合できる素敵イベントである。
1480年12月26日、賠償金50ダカットと適当に中核州主張を2,3放棄させてアラゴンと講和。
今回はこのぐらいで勘弁しといてやる。
1481年2月4日、アンダルシアを含む3州割譲でカスティーリャと講和。戦争終結。

一連の戦争により、アラゴン・カスティーリャのめぼしい州は奪えたため、イベリアでの戦争は一旦終了とする。
やっぱり開戦理由無いと厳しいしね。

 

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Last-modified: 2007-12-27 (木) 11:52:23 (4221d)