船乗りの町

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帝国自由都市ハンブルク

戦争の世紀

 忙しく立ち働く人夫や商人、役人、再会を喜ぶ家族、友人、恋人たち。
 ハンブルクの港が俄かに湧き返っているのは、西の大商業都市アントウェルペンで交易を終えた船がようやく
帰ってきたからだった。商用コッグに山と積まれた輝かんばかりの富。フランドルの高級毛織物、ボルドーやブ
ルゴーニュ産ワイン、イタリア商人の持ち込んだ東方の奢侈品等等々……。考えるだに顔がほころぶ。ゆくゆく
は我が都市も、世界中から商品の集まる街にしたいものだ。
 積荷は港湾労働者の手で運び出され、投資した商人の下へ納められていく。当然、その間で役人が待ち構えて
いて、関税・通商税を取り立てる。元々人口も多くなく、前世紀の黒死病の災から立ち直りきれていないハンブ
ルクにとり貴重な収入源であった。

 友人を待っているのは他の市民たちと変わらないが、アーダルベルト・ハインゾーンは仮にも市参事会代表、
即ちハンブルク総督という責任ある立場だった。それは待ち人も同じこと。
「しばらく待たねばなるまいな」
「そうでもないぞ」
 ふらりと現れた男は、年齢はアーダルベルトとほとんど変わらず、日焼けしている分だけ老いて見えるが、
深い皺の刻まれた笑顔は活力にあふれるものだった。

「コンラート!」
「よう、一年ぶりというところか。まずは総督就任おめでとう」
 コンラート・グリューネヴァルトは船乗りだ。コッグを駆って西へ東へ、地中海に出ることもあれば、アイス
ランドまで行ったりもする。港に停泊している船は彼のものだった。
「この国難で私にどこまでやれるものか。選挙のときにおまえがいたら、代表はおまえだったよ」
「よしてくれ。俺には荷がかち過ぎる」
 すぐに本題に入るのは気が重く、アーダルベルトは話題を変えた。
「英仏戦争はどうなっている?」
「小康状態だ。イングランドで王朝の交代があったのは知っているな。リチャード2世を廃位してヘリフォード
伯がヘンリー4世となった。しばらくの間は国内問題にかかりきりとなるだろう」
「フランスは?」
「アルマニャック派とブルゴーニュ派で宮廷は分裂しているらしい。王の狂気が拍車をかけている。おかげで、
ワインを手に入れるのに苦労したぜ」
 ハンブルクの重要な取引先、アントウェルペンはブルゴーニュ公が相続していた。英仏戦争も他人事ではない。

「ドーバーはまだまだ荒れるな。で、そっちはどうだ?」
 そう指摘されて、アーダルベルトは俯いた。エーレスンドこと、スンド海峡を挟んで対峙するのは大国デンマ
ークである。かの王国は1399年末に独立保障、1400年に警告、と外交攻勢をかけてきていた。その意図するとこ
ろは間違いなく、このハンブルクの併合である。
 デンマークとの対立は前世紀から続く因縁であった。1370年にリューベックを筆頭とするハンザ同盟軍に敗北
すると、雪辱を期して軍事力の増強に励んでいたようである。スンド海峡に通行税をかけて国庫を潤し、さらに
北欧3国を統合するカルマル同盟の締結となる。
 この現実的な脅威に対抗して市参事会は合議制から総督体制へ移行、アーダルベルトが選出されたのが昨1403年
のことだった。
「近いうちに参事会を開く。そのときは出てきてくれ」
「了解した。……近々、何か起こりそうなのか?」
「チュートン騎士団の戦争については聞いていないか?」
「タンネンベルクでポーランド・リトアニア連合に敗れたという話なら」
 バルト海沿岸に勢力を張るチュートン騎士団は長らくポーランド王国と対立していた。騎士団に対抗するため、
ポーランドはリトアニア大公国と同君連合を結ぶ。世に言うクレヴォ合同である。
 対立はチュートン騎士団のマゾヴィア公領侵攻で頂点に達した。ヤゲウォ連合に加えてボヘミア王国が参戦、
スラブ3大国を敵に回して、いよいよ騎士団も旗色悪しと見られていたが。
「チュートン騎士団の劣勢に乗ずるつもりなのか、デンマークが宣戦布告したんだ。軍に動きがあるか、密偵を
放って調べているところだ。数日のうちに報告が来ると思う」

ハンブルク市参事会

 コンラートの下へ市参事会の召集がきたのは10日ほど後のことだった。
 議場には、商人・手工業各ギルドの親方や貴族たち、ハンブルクの有力者の錚々たる顔ぶれが揃っている。皆
の尊敬を集めるベテラン船長とはいえ、一介の船乗りでしかない彼はいささか場違いな居心地悪さを感じた。
 不意にそれまでの喧騒が静まりかえれば、議場に代表団が入場していた。
 交易事務を司るマルクス・エッガース、生産部門の担当マルク・ド・シャン、財務官僚ガルシア・ヒスベルト。
いずれも総督を補佐する顧問団である。お決まりの挨拶で開会が宣言されると、アーダルベルトに促されて一人
の若者が立ち上がった。

「彼は誰だい?」隣の議員に聞くと、
「ダベルシュタインってえ貴族さ。総督閣下が才を見込んで幕僚に据えてる。いずれ後継者に、とでも考えてい
るのかもしらんな」
 ほお、と頷き、その話に耳を傾ける。
「皆様も御承知の通り、騎士団とポーランドら連合との間で勃発した戦争にカルマル同盟も加わり、我々にとっ
ても無関係ではなくなりました。そして、先日入った報告によりますと、マゾヴィア公はゴトランドの独立を条
件に和平を結んだそうです」
 議場がざわめく。ゴトランド島はハンザ商人にとって馴染み深い。
「ゴトランドではヴェスビィ市参事会を中心に共和国の再建が始められています」
「それは良かった」「ああ、騎士団め、ざまあみろだ」「これで商売もやりやすくなる」
 ダベルシュタインなる青年が席に戻ると、今度は代表の番だった。
「そこで議員諸氏に代表団から提案したい。我々ハンブルクは新生ゴトランド共和国に宣戦布告し、これを併合
する」
 議場に一瞬茫漠とした静寂が訪れ、そして、混乱の大渦が広がった。

 戦争の準備は着々と進んでいた。
 キャラック3隻、コッグ2隻の海軍はいつでも出港可能。陸軍も維持限界の3個連隊まで徴用済みである。
が、どちらにせよデンマーク軍に勝つには足りない。対岸の大国には、歩騎7000の陸軍とキャラック3隻にガレー
5隻という強力な海軍がある。
 ゴトランドに宣戦布告というが、警告を発したデンマークの介入は必至だった。いや、むしろ引きずり出すた
めの戦いと言っていい。警告での参戦はデンマーク単独のものとなり、カルマル同盟傘下のノルウェーとスウェー
デンは参戦できないのだ。そして何よりも、先手を取れる。
「なるほど」コンラートが唸る。

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エーレスンド海戦計画

 総督の居室に主だった面々だけを集め、作戦の詰めがもたれていた。
 デンマーク陸軍はシェラン島に集中している。海軍で海峡を封鎖すれば、ユトランド半島への侵攻は容易い。
「デンマーク陸軍が動けないうちに、ゴトランドを併合し、ユトランド・スレースヴィを占拠、しかる後に講和
を狙う、と」
「現状最善の策ではありませんか?」ダベルシュタインの問いにコンラートは首を振った。
「だが不可能だ。どうやって海峡を封鎖する? 半分に満たない海軍で勝てるか?」
「勝つ必要はないんだ。時間を稼いでくれたらいい。陸軍が占領を終えるまでの間だけだ」
「そのための盾になれと? 海軍は捨石か!」
「………………すまない」
 俯くアーダルベルトに、コンラートはため息をつく。他に方法がないことも事実である。
 しばらくじっと地図に見入って、老船乗りの頭にひとつひらめくものがあった。
「海戦は俺に任せてくれ」

第一次海峡戦争

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ゴトランド共和国首都ヴェスビィ

 1404年末、バルト海を2隻のコッグ船が航行していた。
 ハンザ同盟は冬期の交易活動を禁止している。冬の海は荒れて危険だからなのだが、ときに他を出し抜こうと
勇み足して遭難する者も絶えなかった。沿岸都市の人々は怪訝に思ったが、ある噂を聞いて得心した。ハンブル
クがゴトランドの独立を祝して外交団を派遣したらしい――。
 ヴェスビィはスウェーデン系住民が多数を占めるが、ハンザ商人の拠点として発展した街である。14世紀末に
チュートン騎士団が併合した後も、商人の往来は失われていない。
「なるほど、粋なことをするもんだ。年が明けたらわしらの商会からも使節を送ろう」
 当然ながら、ヴェスビィ市民はダベルシュタイン使節団を大歓迎で労った。ために、コッグに歩騎2個連隊が
積み込まれているとは思いもしなかったのである。

 明けた1405年1月1日。
 叩き起こされた市長は寝惚け眼の前に差し出された書状を理解できなかった。起こした当人、ダベルシュタイ
ンなる青年貴族は高慢に告げるのである。
「明けましておめでとう。ハンブルク市参事会から貴国へのお年玉だ」
 そう言うや、市長宅を出、ダベルシュタインは港へ馬を走らせる。そこには既に下船を始めたハンブルク陸軍
が展開していた。ゴトランド守備軍など装備を整える間もなく蹴散らされて、首都ヴェスビィの包囲にかかる。
「我々に求められるのは速さだ! 海の向こうでは海軍が街を護ってくれている。急げ!!」

 なぜ、デンマークがそれほどまでにハンザ同盟を敵視するのか。
 十字軍による東方植民以来、北欧の商業はドイツ商人に牛耳られてきた。ヴェスビィや、スウェーデンの首都
ストックホルムなど、ドイツ人により発展した街が少なくない。確かに、経済発展におけるドイツ人の貢献とい
うものは認めざるをえない。
 けれど、これからはそうではならないのだ。国家権力は中央に集中され、交易も国家の管理の下で行われるべ
きである――近年流行の、中央集権・重商主義の考え方だった。この見方に立てば、北欧は今までドイツ商人の
経済的植民地であったとも言える。

 シェラン島はコペンハーゲンのデンマーク王宮にて。
 ハンブルク宣戦布告の報が入るや、陸海の大将が召集されていた。玉座には青年王エーリク7世。傍らに叔母
マルグレーテが付き添う。いや、ここでは女王マルグレーテ1世と呼ぶべきか。王国摂政であり、その剛腕で北
欧3国をまとめあげたカルマル同盟の立役者なのだ。
 彼女は父ヴァルデマー4世の受けた屈辱を忘れていなかった。ハンザ同盟の特権を認めることを余儀なくされた
シュトラールズントの和議である。この戦争は永年悲願の雪辱の第一歩に過ぎない。
「一年内に、あの憎たらしいドイツ人の街に我が紅地白十字旗を掲げよ」
「陛下のご期待に添えるよう、将兵共々全力を尽くす所存」

 また、ハンブルクの蛮行は帝国諸侯にも伝わり、軍事同盟を約していたポメラニア公、チューリンゲン公、ブ
ラバント公が同盟破棄を通達してきた。
「今は些事だ。行けるところまで突き進むのみ。いかなる汚名も、最後の市長となる覚悟もできている」
「縁起でもないことを。英雄となって、市庁舎の前に銅像でも建ててもらわにゃあ」
 総督アーダルベルトは1個連隊騎兵を率いてスレースヴィへ。提督コンラートは3隻のキャラックを率いて
エーレスンドへ漕ぎ出した。
 斥候がコペンハーゲン港から敵艦隊の出撃を報せる。
「よいか、俺たちの目的は時間稼ぎだ。砲で牽制しながら距離をとれ」
 それでもいつまで逃げ続けられるだろうか。8隻のデンマーク艦隊は近づくほどに壮観だった。
 冬の荒海に砲撃が轟く。
 コンラート率いるハンブルク海軍は巧みに回避しながら反撃の機を計った。
「提督、東方に艦隊が!」
 見張り台の水夫が悲鳴に近い声で報告する。東の彼方、狭い海峡を埋め尽くすような大艦隊が目に入る。戦の
最中に航行する商船はなかろう。とすれば、どこの海軍か。
「よく見ろ。帆に紋章が描かれているはずだ」
「はい! あれは……黒い十字架が」
 甲板がどよめく。武骨な黒十字こそチュートン騎士団の紋章である。そうか。彼らもまたデンマークとの戦が
続いていたのだ。
「旗信号です! 『風上に回って斬り込む故、砲撃の援護を頼む』と」
「うむ。『了解した。援軍感謝する』と伝えよ」
 騎士団の南バルト海権益を護る、16隻のガレー大艦隊が旋回する。陸ではポーランド・リトアニアにやられ放し
だが、海軍の士気は高い。
 こうして始まるエーレスンド海戦は一年近くにもわたって続く。

 ハンザ同盟の盟主リューベックは参戦こそしないものの、港湾設備の利用を許可し、ハンブルク艦隊は休息と修理
にありつけた。それでも両軍疲労は蓄積されていく。むしろ、完全に数的優位の逆転したデンマーク海軍はよく粘っ
たと称えられるべきだろう。海へ再び冬が訪れる頃、ガレーを全て失い、キャラックも中破したデンマーク艦隊は
コペンハーゲンに逃げ込んだ。
 陸ではゴトランド共和国は併合され、スレースヴィ、ユトランドも陥落。アーダルベルトに代わり、選挙に勝利
したラインハルト・ダベルシュタインを新総督に据えて、更なる攻勢にかかった。
 2度目の海戦でもハンブルク・騎士団連合艦隊に敗れると、海軍は完全に沈黙してしまう。
 結果、開戦からおよそ2年後の1407年12月6日、スレースヴィ割譲とゴトランド島の領有権放棄、150万グルデン
の賠償金で講和と相成った。

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ハンブルクはスレースヴィとゴトランドを獲得

 当初の計画からすれば大勝利である。市内は沸きに沸いた。デンマークの野心を挫いたと、ハンザ諸都市からも
祝勝の使者が絶えない。海戦のために2年間も途絶していた海上交通が復旧し、商人たちは生業に戻っていく。
 だが、デンマークがこれで諦めたかと思えば大間違いだった。
 もうひとつの百年戦争とも言うべき長く苦しい戦いが、この後一世紀以上にもわたって続くのである。

貿易振興と第二次海峡戦争

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自由貿易政策の推進により、有望な交易商人が登場

 第一次海峡戦争の後、一人の商人がハンブルクを訪れる。アルブレヒト・リープと名乗った男は、イタリアの
貿易商人とも、レコンキスタの煽りで居場所を失ったイベリアのモリスコかマラーノとも言われた。
 ダベルシュタイン総督は諸手を挙げて彼を歓待する。
「ぜひ、我が街の貿易を手助けしてください」
 1412年3月、統一的交易方針が採択された。
 戦争に勝ったとはいえ、ハンブルクのおかれた状況は依然厳しいものだった。新たに獲得したスレースヴィ・
ゴトランドでは反乱が相次ぎ、休戦期間の明けた1413年5月、デンマーク王国の宣戦布告を受ける。

 今度はスウェーデン・ノルウェーのカルマル同盟も参戦。一方のハンブルク側には、皇帝に推戴されたヨハン
1世のクレーフェ、独立保障を宣言していたヘッセン・ミュンスター・チュートン騎士団が加勢した。
 前回の戦争後に再び同盟を結んでいたポメラニアはこの度も参戦拒否し、市参事会に微妙な空気が漂う。デン
マーク王はポメラニア公家から血筋を引いているためかもしれない。
 第一次海峡戦争に比べると、参戦国の数の割に戦闘は小規模なものだった。
 エーレスンドでノルウェー海軍を撃破すると制海権はハンブルクが握り、ユトランド、シェラン島と陥落して
いった。1416年10月に講和が結ばれる。ハンブルクはこれ以上の領土拡張が現実的でないこと、長期化すればス
ウェーデンが出てくることから、賠償金も求めなかった。

アルブレヒト・リープ.jpg
第二次海峡戦争中、アルブレヒト・リープの名声は国境を越えて高まる

添付ファイル: fileアルブレヒト・リープ.jpg 247件 [詳細] fileヴェスヴィ.jpg 282件 [詳細] file有望な交易商人.jpg 261件 [詳細] file第一次戦争講和.jpg 227件 [詳細] file海戦計画.jpg 250件 [詳細] fileHanseatic_league.jpg 271件 [詳細]

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Last-modified: 2010-03-04 (木) 23:27:42 (3338d)