[[ギリシャの黒鷲]]

*1568年の状況 [#w3c1308b]

オーストリアは戦争に勝利し、オスマン帝国はバルカン半島から完全にたたき出されることとなった。
ここから、オスマンでプレイすると難易度が高くて楽しいかもしれないw

1568年12月16日

なんか知らんが、コルフやモレア、アテネなどの小国がいつの間にか独立していた!
どうせオーストリアが同盟組んでるんだろ。。。と思ったら
コルフは、モレアのみと同盟を組んでいる。アテネは、オーストリアと同盟組んでましたが。。。
なんか知らんが、これはラッキー、とりあえずコルフに対して宣戦布告しとく。

1569年8月3日
コルフ併合
なお、同年の8月9日

分かってたけど敵じゃなかった。

まあ、ラッキーだったな。うん

|#ref(モレア併合.JPG);|
|CENTER: バルカン半島はほぼアルバニアのモノになった|
#br

*どうしてこうなった!!! [#l5f87555]

|#ref(どうしてこうなった.JPG);|
|CENTER: どうしてこうなった。。。|
#br

 ___
/ || ̄ ̄|| ∧_∧
|..||__|| (     )  どうしてこうなった・・・
| ̄ ̄\三⊂/ ̄ ̄ ̄/
|    |( ./     /
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/ || ̄ ̄|| ∧_∧
|..||__|| ( ^ω^ )  どうしてこうなった!?
| ̄ ̄\三⊂/ ̄ ̄ ̄/
|    |( ./     /

 ___ ♪ ∧__,∧.∩
/ || ̄ ̄|| r( ^ω^ )ノ  どうしてこうなった!
|..||__|| └‐、   レ´`ヽ   どうしてこうなった!
| ̄ ̄\三  / ̄ ̄ ̄/ノ´` ♪
|    |( ./     /

 ___        ♪  ∩∧__,∧
/ || ̄ ̄||          ヽ( ^ω^ )7  どうしてこうなった!
|..||__||         /`ヽJ   ,‐┘   どうしてこうなった! 
| ̄ ̄\三  / ̄ ̄ ̄/  ´`ヽ、_  ノ    
|    |( ./     /      `) ) ♪


あぁぁぁ、リセットだ!ロードだ!勝てるワケねぇよ!!うわぁぁぁぁ!!


ふぅ。
がんばって、なんとか白紙講和に持ち込もう
あまりにも気が動転してSS取り忘れましたw
とにかく、原因を探そう。

友好値は。。。-200!!?
ちょっとまて、なんでいきなり?
ついさっきまで+200あったじゃん!
しかし、よく見てみると。。。
オーストリアは、プロテスタントに改宗してたみたい。。。
そりゃ-200になるわな。

原因はわかった。
こちらには、ポーランドを始めとする連合を組んでいる!
オーストリア側のアテネなんて、速攻で併合してやんよ!

ポーランドやトスカナの部隊が頑張ってくれているおかげで、白紙講和にはできそうだ。。
こちらも、1万の騎兵部隊を主力にオーストリアの5000以下の部隊をどんどん蒸発させていく。

1572年4月15日
アテネ併合。
さて、問題はオーストリアだ
最初から分かっていたことだが
こちらの歩兵は、イェニチェリ、相手はマウリッツ歩兵
歩兵が役に立ちません(´;ω;)
技術グループ東方は、騎兵が強い代わりに歩兵は残念すぎるからなぁ。。。

よって、実質騎兵部隊だけで戦ってます。
おかげで、4方8方から侵入してくるオーストリア軍に少しずつ後退させられていく
しかし、騎兵部隊のおかげで戦勝ポイント上は一応優勢。
取られたプロヴィンスはアルバニア方が多いんだけどね(´・ω・)


|#ref(オーストリアと和睦!.JPG);|
|CENTER: なんとかなった!|
#br
1572年4月25日
アテネを併合して10日後
オーストリアとのこれ以上の戦闘は完全敗北を意味する。
戦勝ポイントでは+21%と勝っているのですが、譲歩しまくって白紙講和に
人的資源はすでに0になっていたので、一刻も早く和平したかったんです(´・ω・)

しかし、これでオーストリアは完全に敵国になってしまった。
まあ、プロテスタント相手なら大義名分はいらないからいいんだけど。。。

とにかく、軍備拡張だ!


*1575年、ついに! [#se178096]
|#ref(1575年度収入.JPG);|
|CENTER: 収入面もかなりよくなってきたな。|
#br
年頭収入は、ついに100ダガットを超えた。
もはや、世界でも有数の大国の一つと言ってもいいだろう。

オーストリアとの戦争再開に備えて、イタリアにレベル2の要塞を建設したり
騎兵部隊を増強したり
次の戦争では、オーストリアに引けを取る気はない。

1578年8月2日
国民皆兵制にするか迷ったが、国策として軍事演習を選択する。
書き忘れていたが、この時点での国策は
1つ目→主の御心のままに
2つ目→科学革命
3つ目→軍事演習

となっています。
科学革命はいらなかったかもしれないw

1578年9月13日
オスマン帝国がオーストリアに対して宣戦布告する。
これはチャンスと、こちらからオーストリアに対して宣戦布告。
同時に、オスマン帝国に貢ぎ物を使ってラブコールを送る。
敵の敵はすなわち味方だ。

1579年8月7日
戦争の状況は、バルカン半島では一進一退、イタリア方面には軍が居ないので完全放置、トスカナ軍頼みだ。
しかも、オーストリアの奥地から、次々と湧いてくる部隊
状況が悪くなる前に、和平を結んだ方が良さそうなので、オーストリア側からの白紙講和に応じる。
それなりに準備はしたのだが、まだまだ足りないようだ。
オスマンにはもうちょっと頑張って欲しいので、資金援助は続けることに。

1588年12月26日
ポーランドと、人的同君連合を組むことに!
こちらが上位国とはいえ、いやだなぁ。。。
なんか知らんが、一気に友好値が下がるから勘弁して欲しいもんだ。
だれか、友好値下げない方法知りませんか?

1593年8月3日
ポーランドとロシアが戦争状態に入る。
来るべきオーストリア戦までに、戦訓をあげたかったので、ロシアに対して宣戦布告する。

1595年3月24日
戦訓はそれなりにたまった。それに、オーストリアが宣戦布告してきたらまずいので
ロシアと白紙講和。

1598年7月23日
すっかり忘れていたが、クロアチアを外交併合する。


ポーランドと、人的同君連合を組んでいて、戦争を起こすと友好度が下がる気がしてオーストリアに宣戦布告はせず、要塞や連隊野営地を建造し、軍事力増強をはかることにする。
そのため、ギリシャにつかの間の平和が訪れることに。。。

シルバーウィークを利用して、このAARを書きましたが
これから、資格勉強や大学で忙しくなるので、更新ペースが遅れるかもしれません。すいません(´・ω・)


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