王道の道
王道の道/飛躍

フェルディナント・マリア・フォン・ツヴァイブリュッケン

神聖ローマ帝国皇帝即位

2帝分立??

 フェルディナント・マリアがバイエルンの爵位をついで半年ほど経ったある日、チュートン騎士団長が死亡した。
 チュートン騎士団長は神聖ローマ皇帝のため、神聖ローマの諸侯は選挙を行い次期チュートン騎士団長を皇帝に選定したのだが、ここで前代未聞の事態が発生した。
 次期チュートン騎士団長ハインリッヒ5世は、即位を拒否し、次期皇帝にバイエルンのフェルディナント・マリアを推挙した。

投票結果

 選定候全員の票が割れたので、神聖ローマ帝国のために、チュートン騎士団長が遠慮したと言うのが真相だろうか?
 異例の事態であるが、80年ぶりにバイエルンに皇帝位が戻ってきたのだ。
 この時点で、ローマ教皇との新たな抗争の序曲が始まったことを、神聖ローマ帝国参加のすべての諸侯が予想した。いや、序曲を聴きたいに違いない(ぉぃ

民族主義の台頭

 1663年にスイスがバーデンに宣戦を布告した。
 この戦争が、民族主義の第一号と言われている。

 民族の統一と言えば聞こえは良いが、結局は大義名分を得る方便にすぎない
 弱小国家が生き難くなった理由が増えたと言うことであろう

皇帝教皇新教旧教抗争協奏曲 序曲

序曲

 早口言葉ではない。現実にこの戦争で、多数の人間が死ぬのである。
 宗派の統一も、民族主義と同じ方便であると思うが、この抗争は、たいていの場合、皇帝領と教皇領のどちらにも属さない場所が戦場となる。

 1663年 トスカナ侵攻
 1666年 モデナ侵攻


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